2017年10月16日月曜日

ウエブマガジン「アパートメント」

ちょっと前から知り合いの素敵な女性はしもとさゆりさんに、近所のサイゼリヤでワイン飲みながらインタビューされたモノです。

僕の酔っ払いトーク、繋がらないとことか多いけど小さいことは気にしない感じでバーンとまとめちゃうのとか、気前良いな〜と、。


さて、今回は一段ととっておきのやつお届けします。今年のはじめに東京と大阪でお直しの展示をしたとき、ゲスト参加してくださった建築家、岡啓輔さんのインタビュー。東京のガウディ、ひとりでビルを建てる男(1)、岡さんは、東京三田でおそらく将来自宅となる「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」をセルフビルドで建てながら、日が暮れると作業を終えて、自分の履いているズボンのお直しに勤んでいる。

岡さんと言えば、このビルのセルフビルドがあまりに有名だけど、自宅に帰ったあと、雨の日に、チクチクとガシガシとズボンを縫っている様もぜひ多くの人に知ってほしい。ビルとズボン、それぞれに通じる岡さんの美学や思想、捨てないぞの気持ち、ものを作る楽しさ、これまで自分では言葉にできていなかった多くを代弁してもらったように感じました僭越ながら。そして必読である。では、はりきってどうぞ!

一生ズボン(話し手:岡啓輔)
このズボン、冬はいつも履いている。友人に呼ばれたときとかの正装用のこれと、飛行機とか社会的な正装用のズボン、作業ズボン3枚を交互に履いている。今日も夕方まで履いていた。基本的には破れそうになったところを縫っている。当て布もしている。裾のところは、縫っているうちに布が上がってタケが短くなったところを、2回伸ばした。数えたことはないけど、たぶん2,000時間ぐらいかけてるかな。

最初は裁縫のことが全然わかっていなくて、木綿の糸で縫ってたけどそれはほとんど消えちゃった。化繊糸にしてから、擦れてなくなるということはなくなった。縫い物のことは何も知らないから、小学校の家庭科の知識で縫う。たぶん"返し縫い"ってやつかな。わからないけど、針っていう道具を使って、糸と布の摩擦で抑えるイメージだけはある。裏の玉止めもあまりできていない。止めるときは、糸が短くなってて「あっ」ってなることも多い。縫う技術もないし、糸や針の選択もだいたいわかってなくて間違ってる。時々、太い針で力を込めて毎日やってると指から血がでてくることもある。今は一番太い針はやめて、そこそこ太い針で指ぬきを使ってグイグイ押してる。

サラリーマンをやめた21歳のころ、「もう一生服は買わなくていいな」と思った。その頃はバブルだったし、みんな服をたくさん捨てているイメージがあったので、もう買わなくていいなと。それまでは、いわゆる"クラスで一番のオシャレさん"だったと思う。地元にいい洋服屋さんもあって、色んなことを教えてもらった。それがサラリーマンをやめたあと、もうこのあとは一生貧乏かなと。それで服にお金をかけるとおかしくなりそうで、買わないと決めるのも面白いかなと思って決めた。

友人から、買ったけど似合わなかったジャケットとか、アジアとかで買ったTシャツとか、上に着る服はもらえて生きていたけど、ズボンは中々もらえなかった。ズボンはもらえないからどうしようかなと思いながら、モンペをはいていた。母ちゃんが久留米絣の地区に住んでいて、モンペを縫うバイトをしていたから。母ちゃんは化繊の安いモンペをたしか1着8円ぐらいで縫う内職をしていた。はじめて金額を聞いたときはえ~って驚いたけど、母ちゃんたちは1時間に百数枚のもんぺを工業用のミシンでばーばー作って意外に儲かってた。だから家にモンペはたくさんあった。モンペ、それかナイキのナイロンパンツ、シャカパン。このズボンは、嫁のお兄ちゃんがサーフショップを経営してて、売れない商品をもらった。それが17、8年前、1999年ごろ。

7、8年履いたあと、このズボンは一回捨ててた。でも服は買わないというのを続けていたので、履くものがない。嫁からはもうモンペはやめてくれと言われていた。蟻鱒鳶ルを建てはじめてた頃だったし、服装ぐらいは普通にしてくれと。遂に俺もユニクロで買うかと考えたこともあったけど、ユニクロで買うぐらいだったらズボン縫うか~と思ってはじめたのが最初。きっかけのひとつに、テレビで田中忠三郎を見たこともあった。運命的っていうほどでもないけど、田中忠三郎のBORO(2)を見て「よしよし俺もやろう、これでズボンがないぞ問題も解決するぞ」と思った。

縫うほど好きになる
縫い方はわからなかったけど、まあ大丈夫かなと思って縫いはじめた。はじめの頃は破れて縫ったことがまるわかりの、だささMAXな状態。かっこ悪いを通りこして、気持ち悪いの時期もあった。友人に「そのズボン怖いから近寄らないで」と言われたこともある。人間がやった感、人間の意識が入りまくってる感じ。今のように自然にできた感じはなかった。

直線があるのは、裏の当て布。大きめの当て布を当てている。ポケットは今、穴が空いたままだけど、このあいだ清澄白河でもらったお相撲さんの着物の布当てた。時々丸く縫ってみたり、ここは直線で縫ってみたり。今でもどっか必ず破れだす。このズボンと、あとカバンも破れるので縫っている。夏は半ズボンも。あれもなかなかいけている。基本的には自分は色弱なので色はわかってない。赤と緑の違いはなかなかわからない。

ちょっとよかったのは、このズボン元は好きでもなんでもなくて、もらったから履いてた。縫うとすきになるのは、もちろん。最近このズボン専用のベルトも買ってきた。単なる革のベルトだけど、この間ローマのパンテオンに行ったときに買ったもの。パンテオンは、建築がすごくよくて、今俺の建築ライフの中でナンバーワン。パンテオンの裏で何百年もやってる革細工のお店があって、じいさんがやってる。そこでベルトを買った。

夜、暮らし方のひとつとしてズボンを縫う
毎年12月30日に「ビルとズボン」という展示をやってる。今年は4本ぐらいズボンをぶら下げて、ビルの進捗写真と一緒にかけている。蟻鱒鳶ルを作っていて、あんな仕事してたら、聖人にならなくちゃいけない感じがある。聖人になるぐらいに精神を高めないと成し遂げられない感じ。アントニオ・ガウディっていう人は、それまではイケイケゴーゴーな人だったのが、サクラダファミリアを依頼された時に、世俗にまみれた俺じゃだめだと、断食してから依頼を引き受けたという話がある。おれも同じ穴ぼこに落ちている感じがある。おれはそんな風じゃないけど、建築を作っている作業を終えて家に帰ったあとの暮らし方のひとつとしてズボンを縫う。


ただただ酒を飲んだりテレビを見るのはつまらない、かといって体も脳みそも疲れ切っているとき。ガウディみたいにまじめにはなれないけど、やっぱりこうやって(ズボンを縫いながら)「ああ、あそこは今日失敗だったな」「明日はとりあえず掃除してみよう。掃除して、昼には決断して、はじめよう」とか、そういう考えごとをするのには丁度いい。部屋はワンルームのマンションなので、嫁がテレビをつけていたり、ラジオをつけたり、音楽をかけたりもしている。山下陽光くん(3)とかも昔から友達で、「途中でやめる」とかいいなと思ってた。陽光くんが服作りをスタートした頃のを持ってるが、糸がぴろんぴろんに出てる。やる気ないな~としか感じたことがなかったけど、それを陽光くんは「途中でやめる」というブランドにしはじめて、「あ、途中でやめてるんだ」と思った。ああいうものを見て、下手でもいいなと思った。(世の中の)流れとして、それはそうだと思う。

資本主義のシステムのラストは、平気で捨てる人たちを育てないとダメ
俺が10代の頃は、今みたいなグローバルな世界じゃないので、アイルランドの人たちが糸を紡いで、こうしてこうして、スーツができる、みたいな。羊はあそこのがよくて、糸はここがいい、それでいいスーツができる、そういう憧れみたいなのがあった。きちんとした、まがいものじゃない服がたくさんあった。今は田町でこう、毎朝サラリーマンの服とか見てると、ぱっと見、俺が憧れたころと同じデザインの服を着てるんだけど、内実はどうかというと、すかすかなんだよね。アイルランドの寒い人たちが作った服を、アジアの人が真似るようにミシンにコントロールされるように縫ってる服。俺が信じていた、本物感があるものは消えてしまって、ほぼありはしない。それを真似たような本物っぽい、値段は1/10ぐらいになったもの。それをみんなは手に入れられるようにはなったけど「それそんなにほしいの?いらないでしょ」と思う。昨日丁度、嫁についてブランドのセールに行った。アトリエセールで8割引きのシャツを袋パンパンに買っていく。あんなのもどうかと思う。結構高い服で丁寧に作られてると思うけど、ようはバンバン捨ててる。1年ぐらいで飽きて。俺はなんだかわからないけど「捨てないぞ」という思いが強くて、捨てないぞと思ってこういうことをやっている。

だから断捨離にもムカついてる。捨てましょうというのを世界中で流行らそうとしているように感じる。資本主義のシステムのラストは、さんざん作りまくって、平気で捨てる人たちを育てないとダメ。高級ブランドだろうがなんでもバンバン捨てる。「さよならありがとう、あなたのおかげで私は素敵な恋愛ができました。さよなら私の洋服」とかそういうの。捨てましょう文化とか、片付けましょう文化とかに対して、ふざけるな、チクショウ、つまんないよと思ってる。

ロボットにやらせないで、自分でやりたいこと、つまり楽しいこと
今まで何千年か続いてきた人類の目標は、人が腹をすかして死なない国を作ろうというもの。それをここ数十年で完成した国がいっぱいある。食べ物が足りなくて死ぬ人がいなくなった世界、じゃ、今の時代になにが重要か、次の目標として何を見出すか、そこに今自分達はいると思っている。俺はこれだと思うというのを提示するし、そういうことをたくさんの人がやるべきときだと思う。

俺が考えてるのは「作ることの喜び」作ることの喜びを見出したことで、サルから人間になった過去がある。じゃあ何を作ればいいかというところで、ほとんどの人はやっぱり芸術家にはなれない。いきなり白いキャンバスに絵を描きだす必然性、いきなり硬い石を削ったり、自分の内側にそういうものは、みんなは持ち合わせていない。じゃあ普通の人が何を作るのかというときに、まずは衣食住をやることが重要だと思う。洋服が破れた、だから縫って見る。毎日三食作ってみる。土地が余ったらか野菜を作って見る。建築だって、玄関まわりが空いたから何か作ってみる。それはとても面白いことだと思っていて、スタートは芸術家とは違うけど、作りはじめさえすれば、その面白さは芸術家と同等だと思っている。服をつくるでも、野菜をつくるでも、面白い。野菜つくるにしても、「ああ、ここで雑草取らなきゃいけなかったんだ」「ああ、こうやって雨が降りだしたときは」と学ぶことが多くて、様々なことが起きて面白い。大切なことが起きる。入り口はなんにせよ、作ることに入っていくと、さまざまなことを思ったりする。

今からどんどんどんどん、基本的には人間が働かなくていい時代がやってくる。ロボットがどんどん増えて、機械化される。あんまりやりたくない仕事はロボットがやるようになるけど、ロボットにやらせないで、自分でやりたいこと、つまり楽しいこと。ミシンで縫ったら3秒だけど、俺が縫ったら15分。でも縫うこと自体いいぞと、作ること自体の面白さを見出していくことがいい。作ること自体の楽しさ、それを忘れてしまうとだめで、ものをつくる「面白い!」「理屈わかった!これでもっともっとつくれる!」とか、そういうことが大事ではないかと思う。

– 19th Feb. 2017, 東京・田町にて / 岡 啓輔
(聞き手・編集:はしもとさゆり)


2017年9月15日金曜日

TARO賞 応募した。

岡本太郎は、岡仲間だし、、
いつか「岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」に出そうと思ってた。
躯体が完成した時かなぁ、とボンヤリしてたんだけど、
遅過ぎる、今だ!と思った。
相談した人も全員、今出すべきと言った。

ただ、、芸術は苦手だしなぁ、、と

でも、先日蟻鱒鳶ルを見に来てくれた、
世界的な芸術家杉本博司さんが、
「これは、アートですよ、あなたは、これはアートだと言い切らなきゃいけない」
と言ってくれたので、
アートから逃げ回るのやめて考えはじめようと。
今日、9/15、TARO賞締切り日、出して来ました。
たった一枚の(制作意図)書くのに、ものすごい時間がかかったけど、
ヤッパリ、たまにこういう事ちゃんとやらなきゃダメだな、。
日ごろペチャペチャ喋ってることも、
改めて文章にしてみると、
ここ、飛躍し過ぎだな、、とか
おい!言ってる事ひっくり返ってるじゃないか!とか発見しまくり。
勉強に なり鱒。

  【TARO賞・制作意図・360文字】
                                                                 
「モノつくる悦び」が猿を人間にした。
少々ヘッポコでも苦労しながら
ワクワクドキドキモノをつくるのは最高の悦びだ!
創造主気分!
なのに最近資本主義やり過ぎちゃって世界中モノだらけ
「無いからつくる」というそもそもの前提が消えた。
みな消費者様に成り下がり「つくる悦び」忘れスマホでボーッ。
イキイキしてないぞ人間、このままじゃ又猿。
新しい「つくる」を発明しなきゃいけない。
何つくる?芸術じゃ無理だ。
あれは個人の内的な強い必然が無きゃエンジンすらかかんない。
無理してやっても猿真似止まり、
つくるのはヤッパリ暮らしの基本「衣・食・住」だ。
安易な消費者やめて面倒だなぁって思ってても「わざわざ 」はじめる。
針と糸持つ。包丁持つ。鍬持つ。鋸持つ。
作り始めさえすれば、悦びエンジンがグイングイ回り出す!
これは「新しい民藝運動」。
蟻鱒鳶ル前衛受け持ち鱒!

         以上

この夏、高山建築学校に山下陽光くん来てくれて「 新しい骨董」を学んだからね、
今朝、思いついた「新しい民藝運動」つうの早速入れてみました。










2017年4月25日火曜日

千年あったら世界中見たい

この半年、ダメよ。
ハツリ作業で、身体の芯が痛めつけられている。
街を歩いていて、身体の油が切れたようにギギギギギッと動かなくなる事が数度あった。
ハツリ作業だけでそこまでなる事は無いと、ハツリプロ萩原さんに言われた、
相談したある人に、それは精神的なモノだよと言われ、ハッとした。
医学を学んでいない者が「麻酔打って、メスで切ればOK」くらいの知識で人様の手術やってるようなモノだ。
鋭く尖った金属でダダダダダー!と暴力的な爆音響かせハツル作業が、コンクリートの奥にどう悪い影響与えてるのか!!!??? 
最近別のハツリプロの人に教わった「鉄筋に触れてハツってはいけない、鉄筋伝わって奥までヒビがいってしまう」も、理解していなかった、鉄筋にグイグイ押し当ててハツリ続けていた。
手遅れなミスも沢山やってしまった。
正しい知識が無さ過ぎて、自分のやっている事が不安で不安でしょうがない。
自分で作ったモノを自分で壊している矛盾、そこからくるストレスも大きい。
ハツリはじめて半年ほど、手持ちの道具でどうやれば最善の作業が出来るのかはわかってきたけど、今でも30分ハツッただけで、身体がギギギギギと固まる。
この不安をサッパリぬぐい去る事など出来そうにない、弱っちい!情けない事だ!!
あと1年以上ハツリは続くと思うと、かなりしんどい。

そんなだったんで、お金無いのにロンドン行った。
本気で、気晴らししたかったし、ちょっ逃走。
ロンドンでは、きっと何か大切な事を見出せるという気がした、し、。

一週間で帰って来るつもりが、おまけでさらに一週間、全くやる事の無い一週間はボーッと考えるにはサイコーだった。

一つ大きな勘違いに気付いた。
世界の大都市はモダンなビルで覆い尽くされているのだとばかり思っていた。
そのモダンが理想を失くし安っぽい商売とだけ結びついて無惨に劣化してしまった。だから次の新しい建築の流れを作らねばと世界中の建築家が奮闘しているのだとばかり思っていた。
でも、ロンドンはほとんど古いレンガの建築だった、安直にモダニズムに飛びついたりしていない。
「このモダニズムとやらは、イケてますかね?数十年かけて考えてみますかね」
最初から、そのくらいの態度だったのだ、賢明。
うひゃーって飛びついて、古いモノ壊しまくって、全てを塗り替えた東京が変だったんだ。

V&A博物館というのが良いとウワサを聞いていた。
ヒースロー乗れず乗れずの一週間、最後の日に調べてみたら宿から徒歩3分だった。
様々な国、時代の建築の装飾などが大量に展示されている。(こんな博物館があるのか!)「装飾」の事をこんな風に見る機会など初めてだからかなり興奮した、作り方が示してあったりもする。改修工事の現場も展示の一つとしてガラス張りだ。
作る事の悦びを様々な角度から伝える博物館なのだ。
装飾には共通する基本メッセージとして「この建築を永く大切に使ってね」というのがあるのだとハッキリと知った。
最後がウイリアムモリスとアーツ&クラフトの部屋、数分しか見なかったけど、わかった。モリスが感じた危機感、問題意識。それに対するアンサー。

僕は、日本で、「蟻鱒鳶ルを二百年もたすんだ」と鼻息荒く言い続けている。
けど、そんな事言ってる人他にいないし、あり得ぬ妄想に進むバカみたいでキホン孤独なんです。
だけど、ただの田舎の観光地じゃないバリバリの先端都市ロンドンに、二、三百年という建築がゴロゴロあり、それを成り立たせる様々な技術や方法が、街を見ても感じられるし、V&Aみたいなトコロにはキチンと展示もしてある。

なんだ、俺が夢見た状況、余裕で出来てるじゃないか、、凄いな、、。

ビビって知恵熱出た。

飛行機乗れずにフラフラ彷徨いながら、、じゃー俺は何をすれば良いんだ、
ロンドンの先を考えなきゃなぁ、。

帰国しても、ずーっとそんな事ばかり考えていた。
少しずつロンドンで見たモノの意味が繋がってきている。

最近、友人が京都の町家を買ったので、改修工事の手伝いに行った。
土壁はとても薄かった。木と竹と土、完璧な自然素材で、こんなに軽量な建築ならば、数十年で壊したとしても、環境への負荷はとても小さい、美しく絶妙な技術だ。
この建築ならば、永く継承する意味がある。
でも、廃棄が困難な新建材や接着剤、しかもドンドン分厚く、重くなっていく最近の建築。地面に杭を打ち、地震に耐えるようにと複雑な技術を駆使し、高級になり続ける建築を数十年で壊して良いはずない。
これ以上経済回す道具として建築を使うみちは、経済の破綻をまねくだけだ。

大きな転換期だと思う。
現代の建築を長くもたせる方法を様々な角度から本気で追求しなきゃいけない。

この日本の危機に応え切れる建築は、世界にも通じるはずだ。
そうよ、ロンドンだって行き詰まってる、あまりに立派過ぎる基本形が居座って、人間にとって何より大切な「モノを作る悦び」が、手の届かない高級な作業になってしまっている。

岡の一生ズボンはロンドンっ子の物作り魂に再び火をつけたはずだw。


「蟻鱒鳶ルでいくぞー!オー!」気を高めている。

*写真はV&Aの虎*




2017年4月6日木曜日

ロンドンブリック

ヒースロー空港着陸前、空港が混んでるとアナウンスが入り、街の上をグルグル回っていた、窓に張り付き眼下の街をずっと見ていたんだけど、新興住宅地とか、高層のマンションとかはほとんど見えず、緑と一体となった何百年と変わっていない感じの古風な街並みばかりが見えた。
空港から電車で市街地に向かう。
空から見ていた古風な住宅は全て煉瓦造りだ。その他が見当たらない。
市街地に出る。少々はガラスの建物など現代的なモノがあるが、ビルもたいていが煉瓦造りだ。
シティーとか経済や政治の街は、古典的な格調高い石造りの建築が多い。
超高層もあるが数本だけ。
兎に角、煉瓦造りの古いビルが圧倒的に多く、高さは三.四.五階建てくらい。
東京を現実として日々見ている目には、全く理解出来ない容積率の低さだ。
公園も広いし多い、、。
コレで、ロンドンという大都市は成り立っているのか、、?
東京人はそんなコト思ってしまうんだけど心配無用、世界中の人がワンサと集まり活気ありまくり、、。

911後、アメリカがイスラムの人たちをいじめ、大量のマネーがロンドンに流れた。それ以後ロンドンはバブルだと聞いてた。
トランプになり更なるマネーがアメリカを離れ、ロンドンにやってきただろうと思う。
なのにEU離脱、チャンスを棒に振ったようにも見えるけど、これ以上の都市膨張をロンドンの人たちは嫌ったのだとも思った。数人にその考えを喋ったら、まーそんな感じもあるねーと。
少し前、ある著名な建築家が公園潰して超高層沢山建てれば良いんじゃないかと発言し、非難轟々だったらしい。

一時の経済バブルに浮かれて、守り続けてきた建築や街を破壊したりはしない。
暮らしを守る意志のレベルがすごい。

そして、煉瓦ラブハンパ無い。
カッコいいとか悪いとか、そんなのもあんまり関係無い様子。
ダサい煉瓦のビルでも補修を続ける。

逆に、高い建築的理想を実現し、とても見所の多い鉄筋コンクリート造りのバービカン(ココで今、蟻鱒鳶ル展示中)でも一般的には、汚い!と言われ不人気だそうだ。
70年代に、鉄筋コンクリートの低所得者用住宅が沢山作られたが、それも今は、ドンドン壊されているそうだ。
何でも良いわけでは無い、受け入れられなければ、それまで。
ロンドンでは、コンクリートの打ち放しもモダニズムも、素朴な煉瓦造りに負けている。

煉瓦ラブは何だろう。

自分たちが生きる大地をこね、焼き固め、大量な煉瓦を重ねながら、50センチほどの分厚い壁を築く。それは間違いなくシェルターで、沢山の戦争や災害から自分たちの暮らしを何百年と守り続けてくれている、感謝して当たり前だ。
見ていても飽きない、土の色や焼き方で、様々な色や風合いが出ている。
新しいのとかまだまだで、古いモノほど味わい深くなっていく。
何人かの建築家と話したけど、兎に角、新しいモノを建てるチャンスなどほとんど無いらしい。
古い建物の改修がほとんど、それもわずかな変更すら許してもらえない、、と。

でも、煉瓦造りの建築を越えれるくらい素晴らしいのじゃなきゃ作らせないよというハードルの高さが、ロンドンの現代建築のレベルの高さにも繋がっていると思う。
ロンドンには世界一とも言われる建築学校AAスクールがある、レムコールハース、ザハハディド、世界のトップ建築家を沢山育てている。
そんな学校が、フツーの街中にある褒めるポイントなど別に無いフツーの煉瓦造りのビルの一部だった。「下手な建築作るくらいなら、その土地に根差した伝統的な建築で十分でしょ。」AAスクールは先ず、そう語っている、スゴイ。

あと一つ、
少し前友人から連絡があった「煉瓦がいっぱい余ってるけど、岡さんいらない」と、僕は1トントラックをレンタルしてもらい受けに行った。でも、ちょっと乗せただけで、もう車が悲鳴を上げた、重さを計算したらオーバーしてる、もう忘れたけど、比重2として、1メートル✖️1メートル✖️50センチで、1トンだ、、ちょっとでこの重さ!
50センチくらい壁圧のある、煉瓦造りのビルを一つ作るのに途方もない労力だ!!
車が無い時代なら馬パワー全開しかない!どんなつまらない建物でも気が遠くなるような努力をしている!
壊せるはず無いじゃないか!!

*写真はノッティングヒルの空き家の庭先で拾った煉瓦*




2017年4月4日火曜日

ロンドン ブリック

ヒースロー空港着陸前、空港が混んでるとアナウンスが入り、街の上をグルグル回っていた、窓に張り付き眼下の街をずっと見ていたんだけど、新興住宅地とか、高層のマンションとかはほとんど見えず、緑と一体となった何百年と変わっていない感じの古風な街並みばかりが見えた。
空港から電車で市街地に向かう。
空から見ていた古風な住宅は全て煉瓦造りだ。その他が見当たらない。
市街地に出る。少々はガラスの建物など現代的なモノがあるが、ビルもたいていが煉瓦造りだ。
シティーとか経済や政治の街は、古典的な格調高い石造りの建築が多い。
超高層もあるが数本だけ。
兎に角、煉瓦造りの古いビルが圧倒的に多く、高さは三.四.五階建てくらい。
東京を現実として日々見ている目には、全く理解出来ない容積率の低さだ。
公園も広いし多い、、。
コレで、ロンドンという大都市は成り立っているのか、、?
東京人はそんなコト思ってしまうんだけど心配無用、世界中の人がワンサと集まり活気ありまくり、、。

911後、アメリカがイスラムの人たちをいじめ、大量のマネーがロンドンに流れた。それ以後ロンドンはバブルだと聞いてた。
トランプになり更なるマネーがアメリカを離れ、ロンドンにやってきただろうと思う。
なのにEU離脱、チャンスを棒に振ったようにも見えるけど、これ以上の都市膨張をロンドンの人たちは嫌ったのだとも思った。数人にその考えを喋ったら、まーそんな感じもあるねーと。
少し前、ある著名な建築家が公園潰して超高層沢山建てれば良いんじゃないかと発言し、非難轟々だったらしい。

一時の経済バブルに浮かれて、守り続けてきた建築や街を破壊したりはしない。
暮らしを守る意志のレベルがすごい。

そして、煉瓦ラブハンパ無い。
カッコいいとか悪いとか、そんなのもあんまり関係無い様子。
ダサい煉瓦のビルでも補修を続ける。

逆に、高い建築的理想を実現し、とても見所の多い鉄筋コンクリート造りのバービカン(ココで今、蟻鱒鳶ル展示中)でも一般的には、汚い!と言われ不人気だそうだ。
70年代に、鉄筋コンクリートの低所得者用住宅が沢山作られたが、それも今は、ドンドン壊されているそうだ。
何でも良いわけでは無い、受け入れられなければ、それまで。
ロンドンでは、コンクリートの打ち放しもモダニズムも、素朴な煉瓦造りに負けている。

煉瓦ラブは何だろう。

自分たちが生きる大地をこね、焼き固め、大量な煉瓦を重ねながら、50センチほどの分厚い壁を築く。それは間違いなくシェルターで、沢山の戦争や災害から自分たちの暮らしを何百年と守り続けてくれている、感謝して当たり前だ。
見ていても飽きない、土の色や焼き方で、様々な色や風合いが出ている。
新しいのとかまだまだで、古いモノほど味わい深くなっていく。
何人かの建築家と話したけど、兎に角、新しいモノを建てるチャンスなどほとんど無いらしい。
古い建物の改修がほとんど、それもわずかな変更すら許してもらえない、、と。

でも、煉瓦造りの建築を越えれるくらい素晴らしいのじゃなきゃ作らせないよというハードルの高さが、ロンドンの現代建築のレベルの高さにも繋がっていると思う。
ロンドンには世界一とも言われる建築学校AAスクールがある、レムコールハース、ザハハディド、世界のトップ建築家を沢山育てている。
そんな学校が、フツーの街中にある褒めるポイントなど別に無いフツーの煉瓦造りのビルの一部だった。「下手な建築作るくらいなら、その土地に根差した伝統的な建築で十分でしょ。」AAスクールは先ず、そう語っている、スゴイ。

あと一つ、
少し前友人から連絡があった「煉瓦がいっぱい余ってるけど、岡さんいらない」と、僕は1トントラックをレンタルしてもらい受けに行った。でも、ちょっと乗せただけで、もう車が悲鳴を上げた、重さを計算したらオーバーしてる、もう忘れたけど、比重2として、1メートル✖️1メートル✖️50センチで、1トンだ、、ちょっとでこの重さ!
50センチくらい壁圧のある、煉瓦造りのビルを一つ作るのに途方もない労力だ!!
車が無い時代なら馬パワー全開しかない!どんなつまらない建物でも気が遠くなるような努力をしている!
壊せるはず無いじゃないか!!

*写真はノッティングヒルの空き家の庭先で拾った煉瓦*




ロンドンブリック

ヒースロー空港着陸前、空港が混んでるとアナウンスが入り、街の上をグルグル回っていた、窓に張り付き眼下の街をずっと見ていたんだけど、新興住宅地とか、高層のマンションとかはほとんど見えず、緑と一体となった何百年と変わっていない感じの古風な街並みばかりが見えた。
空港から電車で市街地に向かう。
空から見ていた古風な住宅は全て煉瓦造りだ。その他が見当たらない。
市街地に出る。少々はガラスの建物など現代的なモノがあるが、ビルもたいていが煉瓦造りだ。
シティーとか経済や政治の街は、古典的な格調高い石造りの建築が多い。
超高層もあるが数本だけ。
兎に角、煉瓦造りの古いビルが圧倒的に多く、高さは三.四.五階建てくらい。
東京を現実として日々見ている目には、全く理解出来ない容積率の低さだ。
公園も広いし多い、、。
コレで、ロンドンという大都市は成り立っているのか、、?
東京人はそんなコト思ってしまうんだけど心配無用、世界中の人がワンサと集まり活気ありまくり、、。

911後、アメリカがイスラムの人たちをいじめ、大量のマネーがロンドンに流れた。それ以後ロンドンはバブルだと聞いてた。
トランプになり更なるマネーがアメリカを離れ、ロンドンにやってきただろうと思う。
なのにEU離脱、チャンスを棒に振ったようにも見えるけど、これ以上の都市膨張をロンドンの人たちは嫌ったのだとも思った。数人にその考えを喋ったら、まーそんな感じもあるねーと。
少し前、ある著名な建築家が公園潰して超高層沢山建てれば良いんじゃないかと発言し、非難轟々だったらしい。

一時の経済バブルに浮かれて、守り続けてきた建築や街を破壊したりはしない。
暮らしを守る意志のレベルがすごい。

そして、煉瓦ラブハンパ無い。
カッコいいとか悪いとか、そんなのもあんまり関係無い様子。
ダサい煉瓦のビルでも補修を続ける。

逆に、高い建築的理想を実現し、とても見所の多い鉄筋コンクリート造りのバービカン(ココで今、蟻鱒鳶ル展示中)でも一般的には、汚い!と言われ不人気だそうだ。
70年代に、鉄筋コンクリートの低所得者用住宅が沢山作られたが、それも今は、ドンドン壊されているそうだ。
何でも良いわけでは無い、受け入れられなければ、それまで。
ロンドンでは、コンクリートの打ち放しもモダニズムも、素朴な煉瓦造りに負けている。

煉瓦ラブは何だろう。

自分たちが生きる大地をこね、焼き固め、大量な煉瓦を重ねながら、50センチほどの分厚い壁を築く。それは間違いなくシェルターで、沢山の戦争や災害から自分たちの暮らしを何百年と守り続けてくれている、感謝して当たり前だ。
見ていても飽きない、土の色や焼き方で、様々な色や風合いが出ている。
新しいのとかまだまだで、古いモノほど味わい深くなっていく。
何人かの建築家と話したけど、兎に角、新しいモノを建てるチャンスなどほとんど無いらしい。
古い建物の改修がほとんど、それもわずかな変更すら許してもらえない、、と。

でも、煉瓦造りの建築を越えれるくらい素晴らしいのじゃなきゃ作らせないよというハードルの高さが、ロンドンの現代建築のレベルの高さにも繋がっていると思う。
ロンドンには世界一とも言われる建築学校AAスクールがある、レムコールハース、ザハハディド、世界のトップ建築家を沢山育てている。
そんな学校が、フツーの街中にある褒めるポイントなど別に無いフツーの煉瓦造りのビルの一部だった。「下手な建築作るくらいなら、その土地に根差した伝統的な建築で十分でしょ。」AAスクールは先ず、そう語っている、スゴイ。

あと一つ、
少し前友人から連絡があった「煉瓦がいっぱい余ってるけど、岡さんいらない」と、僕は1トントラックをレンタルしてもらい受けに行った。でも、ちょっと乗せただけで、もう車が悲鳴を上げた、重さを計算したらオーバーしてる、もう忘れたけど、比重2として、1メートル✖️1メートル✖️50センチで、1トンだ、、ちょっとでこの重さ!
50センチくらい壁圧のある、煉瓦造りのビルを一つ作るのに途方もない労力だ!!
車が無い時代なら馬パワー全開しかない!どんなつまらない建物でも気が遠くなるような努力をしている!
壊せるはず無いじゃないか!!

*写真はノッティングヒルの空き家の庭先で拾った煉瓦*